田原凌祐の鍵盤弾き語り日記

広島県出身20歳、キーボード弾き語りシンガーソングライターが未だに青春してる10の理由

ASKA 5年半ぶりライブに行ってきた

2018年11月5日。

ASKA PREMIUM SYMPHONIC COCERT 2018 -THE PRIDE-」初日。

 

この日が来るのをどれだけ待ち続けた事か。

 

忘れもしない2014年5月の事件。長い執行猶予が明けて遂にASKAさんがステージへ戻ってくる。それぞれの想いを胸に、5000人ものファンが東京国際フォーラムに詰めかけました。

 

フォーラムに着いてホールAの敷地内に入ると、大勢のASKAファンで賑やかになっていました。ここへいる皆がこの人の帰りを待っていたんだなと思うと、それだけで既に泣きそうでした。

 

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18時の開場でホールに入ると、凛とした空気が広い会場内を覆い尽くしてました。席は2階だったけど想像してた何倍も近く感じて、全然距離を感じなかった。「Billboard」と映る画面と楽器がセッティングされたステージ。その全てに興奮が収まりませんでした。

 

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今まで何十回もいろんなアーティストのライブに行きましたが、こんなにもドキドキとワクワクで地に足がつかないのは初めてです。フォーラムに向かう道中も、靴紐が解ける度に結ぶ手が尋常じゃないくらい震えてました。

 

開演の19時と同時にブザーが鳴り東京フィルハーモニー交響楽団の方々が登場。大きな拍手が会場内に響き渡ります。続けて指揮者の藤原いくろう先生が。抑えきれない高揚感は休む間もなく、オープニングのSEの演奏が始まりました。

 

優しく心を撫でる音色。このSEが最高だった。あのコンサートを人生最大に楽しみにしてた過去があったからこの選曲が余計に沁みました。

 

本当にいろいろあった。信じられないような事が沢山あった。怒りに震え、悲しみに暮れ、今日が来るなんて誰が予想出来たろう。この4年間を思い返すには十分すぎる時間だった。優しすぎた。肩が大きく震えるほど涙が止まらなかった。言葉なんかなくても、この数分の演奏に今までの時間が集約されてる。そう思った。

 

だからだろう。ここからの2時間半に渡るステージは、過去ではなくひたすらに今が鳴っていたのです。

 

ASKAさんが登場した瞬間、地鳴りのような拍手と歓声が沸き起こりました。復活を告げる第1曲目。予想の遥か上なんて言葉でも表しようがないほどの選曲。驚きのあまり涙が引っ込んだ。

 

全身を使って押し出される声、マイクが行方不明になるほどの距離。何も変わってない大好きな姿。

 

続いての2曲目も驚きだった。今回のセトリを決めるのは相当迷って、何度も変更したと言ってました。それもあってか10年前のシンフォニックの時と選曲が殆ど被ってなくて、これはやるだろうっていう予想も外れっぱなしでした。前半数曲のセトリが凄すぎて、「次は何が来るだろう」っていうワクワク感が会場から漏れ続けてましたね。

 

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3曲終えて最初のMC。緊張感漂うムードの中で開口一番に飛び出したのは、なんとIKKOさんのモノマネ。ASKAさんが選んだ言葉は「お待たせ~!」でした。「待たせたねー」と言うには何か違うから、IKKOさんの波長の中でならその要素を取り込める。完璧なつかみでした。「おかえりー!」が飛び交うと、 大勢詰めかけたマスコミに「ここは使わないで、いつものノリだから」と釘をさしてましたが、やっぱり使われちゃいましたね(笑)

 

謝罪の言葉が今日の場でいらないのは最初のSEが表しきってる。僕はふと『未来の勲章』のMV撮影の時を思い出しました。ファンは恒例の「待たせたねー」が聞けるものだとワクワクしてた。その中でASKAさんはただ一言「ごめん!」って言ったのです。それまでの全てが「ごめん」に集約されていた。

 

あの瞬間にファンはそれまでの色んな事から解放されたような気持ちになった。色んなモヤモヤが吹き飛んだ。長い月日を越えて今その言葉は僕らファン以外のところへ向けられてるし、外野が謝罪どうのこうの言うなら僕は「あのMV撮影日で十分」って返します。

 

開演前まで「遂に復活の日だ!」とか特別な緊張感を抱いていたけど、ただただシンプルに「5年半ぶりのライブ」だという事が全てだなと思いました。事件があったとかそういうのは関係なく、とにかく久々のツアーの初日だという事。だから自然と会場中も笑顔に溢れてて、念の為にポッケに3枚忍ばせていたハンカチも用なしでした。

 

1部、2部制の公演という事で休憩が間に20分入ったのですが、この休憩が気持ちを整理するのに最適で。あと、2部からのASKAさんの声が1部よりも遥かに出てましたね。あのメロディーラインでの高音を出し切るのは相変わらず凄すぎます。還暦だなんて嘘でしょ?

 

休憩が明けて冒頭にMCがあったのですが、これが本当に最高だった。セトリこそ同じであれど、MCが毎回同じ事はないでしょう。きっとそのうち開口一番に「すっからけっちー」と言う日も来るでしょう。

 

ここのMCの言葉と言葉の小さな「間」だったり、表情であったり、二度とないそんな妙が堪らなかった。特に具体的な言葉はなく、ぼやかすように「この曲はねぇ、ほんと」を繰り返してそのまま暗転してイントロ。瞬間で号泣でした。2時間半の中でこの5分間が一番泣きました。ずっと「今」を歌い続けたステージでしたが、この時間だけ少し違った時間が流れてた気がします。

 

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チャゲアスについての話もありました。その話を聞きながら、『My Game Is ASKA』の時に「CHAGE and ASKAで在る為に必要なソロ活動」と言ってたのを思い出しました。

 

ある人は「ソロコンサートならチャゲアスに頼らずにソロ曲だけやればいいのに」って言うでしょう。そんなのno no darlinな発言ですね。本当に頼ってたらヒット曲だけセトリに組み込めばいいんだから。そうじゃないチャゲアス曲もやってくれるというのはファンにとって本当に安心するんです。想いを有耶無耶にする必要はないんだなって。

 

思えば全部のMCで笑わせてもらってました。お茶目さが以前にも増して強くなってる気がします。この4年間を越えての今日だから、どうしてもしんみりなっちゃうもんじゃないですか。でもASKAさんはその雰囲気を作る事なく、エンターテイナーとしてどっしり構えてた。

 

澤近先生がライブ後のTwitterで「後半の畳み掛け」という趣旨のツイートをされてましたが、ほんと後半は畳み掛けでしたね(笑) その怒涛のラッシュで心が揺さぶられまくった中での本編ラスト曲。言葉になりません。

 

心が揺さぶられまくったらそれは自然と行動にも起こるもので、ASKAさんが「ビルボードで立ったら怒られるよ」って笑ってましたが、あれは個人的には感動的な光景でした。間奏で拍手するのがあんなに多かったライブもおそらくないでしょう。

 

とにかく拍手したかった。ありがとうを送りたかった。一曲一曲終わるごとの拍手も物凄い大きかったし、手を突き上げたくなったら突き上げた。あれほどの人数がひとつになった。

 

ASKAさんのブログでもビルボードの人達が「これまで沢山コンサートを開いてきましたが、あれほど温かいお客さんを見たのは初めて」と言っていたと綴られてました。

 

それぞれが様々な想いを抱えて迎えた初日。曲が聴けなくなるほど離れた日々もあったでしょう。お互いに励まし合う声がなければ越えられなかった4年間だったかもしれない。そんな皆さんと一緒にあの一体感を作り上げられた事が僕個人としても本当に嬉しかったです。

 

中盤でも書きましたが「5年半ぶりのライブ」だという事。これが全てです。アンコールラストの曲が答えだと思います。

 

アンコールも終わると会場は総立ち。数分に渡る大きな拍手を送りました。無意識のうちに僕も「ASKA―!」って叫んでました。

 

ASKAさんは最後に「待っていてくれてありがとう」って伝えてステージを去りました。あれ以上の言葉はないよ。全てが救われた気持ちになった。戻ってきてくれて本当に感謝でいっぱいです。

 

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僕が生まれたのは『CODE NAME.2』がリリースされた頃。チャゲアスがデビュー30周年で活動休止した時はまだ小学生でした。CHAGE and ASKAに憧れて生きて来た20年。お陰でミュージャンを目指すようになりました。

 

広島から上京する3ヶ月前に起こった4年前の事件。あの時、全てを失った気持ちになって音楽からも離れました。だけど当時『ASKAさんへ』の動画を作りながら、皆で分かち合うことで前を向けるようになった。やっとASKAさんが本格的に戻ってきた世界の地面を蹴っていけると思うと、僕の人生にとってもこのライブは「初日」でありたいなって思います。

 

ライブ前日のブログで、応援してくれる全ての方々へは勿論と前置きしたうえで「僕が一番貢献しなくてならないのは”ASKA”」だとありましたが、ライブのASKAさんは堪らないほどに”ASKA”でした。ずっと憧れてきた正真正銘のASKAでした。

 

これからも音楽で最高の贅沢をしていきます。タクシードライバーと同じ願いを携えて。

Imaginary friend

先日、『Imaginary friend』という曲をYouTubeに公開しました。この曲は1年前の夏、「ASKAのFellowsを、私が作ってみた」という企画で制作していたものです。

 

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どうしてもこの曲の事を伝えたくて、3ヶ月ぶりにブログを書いています。

 

さて「ASKAのFellowsを、私が作ってみた」という企画とは、YouTubeASKAさんから『Fellows』という未発表曲のオケ音源がアップされたのですが、各々がそこへ歌詞とメロをつけて歌ってごらんという趣旨のものです。

 

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このように1番のインスト(instrumental)だけが用意されてて、それから暫くしてiTunesでフルサイズのインストが用意されたんですね。だから去年の夏の時点では1番しか書けなくて、1番を作ってからYouTubeにアップしました。

 

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フルサイズのインストは去年の9月にはiTunesで配信開始となりましたが、もうその頃には次のオリジナル曲を作っていたり、オーディションが立て続けにあったりで、続きを書いて完成させる状態にありませんでした。タイミングを逃したせいでそのまま時間が経ってしまったのです。

 

うっすらと「この曲を完成させなきゃ」という気持ちはありました。常に定期的にそういう気持ちが浮かび上がる中でずっと音楽活動を行っていたので、1番を書いてからちょうど1年経つこの夏に胸のつっかえを取ろうと。だから何を今更という訳ではなくて、僕の中ではとても自然な流れでした。『Imaginary friend』という時間が絡まったタイトルだから、1年前を迎えに行くみたいな意味も持てますしね。

 

 

1年前何が難しかったかというと、アレンジが用意されてる状況でメロディーを付ける事です。僕は基本的に、曲→歌詞→アレンジ の順で作るので、ASKAさん色のアレンジが最初からあるというのは、どうしてもそっち側に流されてメロディーラインが形成されてしまいます。それだと面白くないのでインストは1回聞くだけに留めて、なんとなくのコードとリズムさえ捉えたらメロディーを作りました。僕はあくまでもメロ→アレンジという感覚で作りたかったという事です。

 

ここからが本題です。

 

Fellows企画に出会う前からイマジナリーフレンドというテーマで歌を作りたいというのがありました。ある日の夢の中で急に幼い日の自分が現れて、一緒に話をしたんです。この夢が本当に強烈すぎて、それがきっかけです。僕は「時間」の概念の中で歌い続けてて、タイムリープ型シンガーソングライターとして活動を続けてきました。だから夢が「イマジナリーフレンド」という題材に繋がった時はニヤニヤが止まりませんでした。

 

ただ本当にこれは僕の活動において特別なテーマになる思ったから、慎重に扱いたいという気持ちが強くて暫く温めておいたんですね。Fellows企画が無かったら無かったで、いずれ『Imaginary friend』の制作には取り掛かってて、きっと去年の時点で別の形で完成していたでしょう。ただこうしてやっと完成した作品を前に、この企画に対して1年前にこのテーマをぶつけて良かったなという気持ちで一杯です。

 

1年越しという事で歌詞を作るのは非常に困難を極めました。感情や言葉の感覚を1年前の「続き」として研ぎ澄まさなきゃならない。1年前に書いた1番と別なテイストで書く訳にはいかないから。今までの制作で一番エネルギーを使ったし、脳みそが千切れそうでした。

 

ここで「イマジナリーフレンド」って、そもそもなんぞやという事について話したいのですが。

 

イマジナリーフレンドとは空想の友人、自分の脳内だけに居る目に見えない存在の事です。自分に足りないものを補おうとする心の表れなので、自分の事を誰よりも理解してくれています。小さな子供の3割にその存在が居て、話したり遊んだり出来ます。(※子供がぬいぐるみに話し掛けるのも似たような現象)しかし成長と共にその存在は見えなくなってしまうのです

 

親の方は自分の子供が見えない存在とブツブツ話してたり、架空の人物とのやり取りをあたかも実際の事のように説明してきたり、なんて事はなかったでしたか?

 

イマジナリーフレンドはひとりっこや上の子に出来やすいと言われています。下の子が生まれて育児に手が掛かっている時期などに、寂しさからか上の子にイマジナリーフレンドが現れたりもするようです。

 

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きっと僕にも子供の頃に脳内が映し出す友達が居て、幼い頃の寂しさを埋めてくれてたんじゃないかな思います。夢を見たからそれを強く感じました。

 

イマジナリーフレンドの何が悲しいかって、忘れてあげる事すら出来ない訳です。そもそもの存在が自然消滅しちゃうから、どんなに救われても「居た」事すら記憶にない訳です。もしかしたらあの頃のイマジナリーフレンドは、今も僕の見えないところで暮らしているかもしれません。

 

それなら大人になった今、歌の中で出会いたい。「ありがとう」って伝えたい。音楽の中でタイムリープしたいと。

 

【歌詞】

Imaginary friend

 

大人になってないよ まだ僕は

深い眠りから覚め

君はいない 君はいない ここにいない

 

突然現れた夢の中の君は

とても僕に似てて

喜びも 悲しみも 分け合ってたんだ

 

上手にはぐれたつもりでも

全然 忘れられてなかった

幼い頃に聞いてた子守唄のような

 

記憶のエラーでまた会えた

僕にしか見えない魔法の友達

どんな時間を超えて来たんだろう

教え合おうよ

 

強く願っていた また僕は

叶わないと分かってて

君といたい 君といたい ずっといたい

 

明日になって今が消えてしまうとしても

いつか一緒に見た

夕焼けを 星空を 探していたんだ

 

本当に伝えたい想いほど

全然 伝えられなかった

喉で頃がし続けた飴玉のような

 

記憶のエラーでまた会えた

僕にしか見えない魔法の友達

こんな歌を最後に届けるよ

思い出せるかい

 

夢の中でなら何回だって会えると思う

笑われたって何回だって君を呼ぶよ

 

言葉がなくても通じ合えた

僕にしか見えない魔法の友達

誰より一番分かり合えた

僕にしか見えない魔法の友達

 

どんな未来も超えて行けるだろう

ひとりじゃないよ

 

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僕はイマジナリーフレンドの事をこう表現しました。

 

"記憶のエラーでまた会えた 僕にしか見えない魔法の友達"

 

1番は夢を引き出しにして、再会したところを描いてます。

 

"突然現れた夢の中の君は とても僕に似てて

喜びも 悲しみも 分け合ってたんだ"

 

"どんな時間を超えて来たんだろう 教え合おうよ"

 

ここまでは去年のお話です。ここからどう描いていくか。これが1年越しの課題です。

 

散々悩みましたが、やっぱりイマジナリーフレンドの特性を軸に書いてくしかなかろうと。子供の頃だろうと大人になろうと、やっぱり消えちゃう存在です。

 

"強く願っていた また僕は

叶わないと分かってて

君といたい 君といたい ずっといたい"

 

めちゃくちゃ切ないですよね。今こうして会ってるのに、そのうち会えなくなって、その時には会った事すら記憶にない。凄く凄く今を大切にして、どれだけ思い出を作ったって、一緒に居た事を失くしてしまう

 

"明日になって今が消えてしまうとしても いつか一緒に見た

夕焼けを 星空を 探していたんだ"

 

だとしても最後までお揃いの時間を深め続けたい。あの頃と今を重ね合わせたい。その気持ちの成分が2番に溢れています。

 

ブリッジはお別れの前にイマジナリーフレンドに向けて最後の心からの叫びです。

 

夢の中でなら何回だって会えると思う

笑われたって何回だって君を呼ぶよ

 

また会えるかなんて分かりません。会えない可能性の方が遥かに高い。「君を呼ぶよ」なんて言ったって、記憶に失くなるからそんなの無理だって知ってる。だけど想いの丈なんです。忘れる事すら失くしてしまうけど忘れたくない。目に見えない存在だからこそ、最後にそんな言葉に全てを託して伝えます。

 

この世で一番自分の事を知ってくれてる、もう一人の自分のような存在。

だから誰よりも自分を励ましてくれる。

 

"言葉がなくても通じ合えた 僕にしか見えない魔法の友達

誰より一番分かり合えた 僕にしか見えない魔法の友達"

 

でも何十年も会ってなかったというのに、大人になっても自分の事を誰よりも分かってくれてたって不思議じゃないですか。そして気付いたんです。「自分から見えなくなっても、イマジナリーフレンドはずっと自分の事を見守ってくれてたんだな」って。ここまで歌詞を書いてて最後の最後に教わりました。その瞬間に涙が溢れて体中が熱くなりました。

 

"どんな未来も超えて行けるだろう ひとりじゃないよ"

 

感情移入しすぎて実際に会えたような感覚でずっと作っていたから、歌詞を書き上げたことで寂しさが深くなってまた涙が止まらなくなりました。

 

ただこの曲を書けた事で僕はここにイマジナリーフレンドの存在をおさめておけるんじゃないかなって。3歳だか5歳だか分かんないけど、イマジナリーフレンドが居たあの頃と十数年越しに繋がれたんじゃないかなって

 

幼い頃にイマジナリーフレンドが居たのは3割の人間かもしれない。だけどね、僕は思うんです。大人になったからこそ、もうそれは全ての人に存在するんじゃないかなと。子供の頃の自分こそがきっとそうだと思う。そうやってこの歌詞を捉えたって、ちゃんと当てはまるから。

 

過去とか未来とか、その真ん中の今とか、そんな事ばっかり言いながら歌にして来たけど、僕が本当に書きたかったタイムリープというものにようやく出会えた気がします。Fellows企画がなかったらこうはならなかったし、1年空けて良かったなって。色んな事情が廻り廻って重なり合って、ここでひとつになって本当に良かった。

 

本当に沢山の人にこの曲を聴いてほしい。届いてほしい。ぜひ広めてくれたら何よりです。そしてこれを読んでくれた、聴いてくれたあなたに心から「ありがとう」って伝えたいです。

 

もしもひとりきり悩んだら、この曲に会いに来てほしい。あなたの中に必ず答えは住んでるから。

 

あの頃の未来に立って過去になったから言える事です。

イマジナリーフレンドはずっとあなたを見守っています

 

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深刻化する日本の自殺問題

新曲『not title』を先日公開しました。

皆さん、聴いてくれましたか?

 

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この曲をアップした翌日にyahooで、とあるニュースに釘づけになりました。

「2017年の日本の人口10万人あたりの自殺死亡率が16.8と8年連続で低下」

 

これは統計を取り始めた1978年以降で最も少なかったらしいです。とはいえ2017年の自殺者数は2万人を超え、他の先進国と比べてダントツです。

 

日本は平和で幸福な国と誰が言えたものでしょうか。イラク戦争で犠牲になった人達よりも遥かに多い数の人達が毎年自ら命を絶っています。これはもはや内戦です。今日この日も約80人もの人が自殺を選んでしまったという事実に目を背けてはいけません。ましてや厚労省の発表なんて信憑性もないし、自殺という特定ができない案件が多いだけで実際のところは年々増加しているのが現状でしょう。

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若者の自殺死亡率においては、統計上ですらここ20年横ばいです。自殺という選択は想像を絶するもので、「明日死のう」ですぐに覚悟できるものではありません。何日も何日も「死にたい」を繰り返して最後を迎えるわけで、その選択をしてしまうほどの苦しみを抱え続けた人に「なんとか生きてほしい」と言うのは大切な想いではあるけど、もはや無責任な域に達してしまってる気がします。

 

自殺の理由は様々ですが、いじめやパワハラ、家庭内問題など防げる命も沢山あったはずです。年間2万人以上も自ら命を絶つ異常な現実を、なぜマスメディアは取り上げて警鐘を鳴らさないのか。この国の行動はいつも現実から目を逸らしています。もっとやるべきこと、出来る事があるでしょう。

 

さて、このニュースにどうして釘づけになったのかというのも、冒頭で述べた新曲を作る時の僕は相当病んでました。上京してかれこれ4年経つけど、こんなに精神状態がボロボロになったのは初めてでした。生きてく意味が分からなくて何をする気も起こらない。夜も眠れずただ座ってボーッとしてる。僕からしてもこの時の自分は怖くて近付けないです。

 

何を今更メンタル壊すのか。原因はあります。ただそれを話したら音楽が伝わらなくなっちゃいそうだから止めときます(笑)

 

4月の終わり頃からこの精神状態になって、5月中はずっとこんな感じでした。5月病なんて言葉で片付けられたらまだ少しは受け止められるのに。自分なりに沈んだ状況から抜け出そうとはしました。遠くまで運転して行ったりもしたけど、それもすべてはメンタルを回復させる為に。その最中はいいものの、帰ったら結局元通りでした。

 

これが不思議な事なんだけど、誰かが不安定なのを見たら「調子悪いのかな」とか色々感じるじゃないですか。それと同じように、精神不安定な自分自身を俯瞰で見れてしまえるというか。僕が僕を見てるような感覚が何度もありました。全部嫌になって叫んでる時も心の内からの叫びなのに、今自分がおかしくなってるってのを冷静に判断してた自分もいたといいますか。

 

そうやって壊れてた中でも僕は歌を作ってたみたいで、とはいえ本当に何もしたくない瞬間が急にブワッと訪れたりするから、弾いてた鍵盤をバンって叩いてそのまま布団にくるまったり。昨日と今日で何が変わってるのか分からないレベルの進行具合だったりすると、つくづく不安定にもなりました。

 

僕の中で確実にあったのは、この精神状態だからといってその真っ黒な感情を吐き出すだけのものや暗い曲は書きたくなかったという事です。だってここから抜け出したかったワケだから。この精神状態を通っていることも経験値に変えてPOPSにメッセージを忍ばせたいなと思いました。

 

結局、音楽にしても何にしても根底にあるのは人を救えるかどうかということだと思います。僕がおかしくなったのも、扉を次から次へ開けて遡れば誰かの為になれるかという事が影響してて。「誰かの為になりたい」という気持ちがなくなったら、人は人として生きていけなくなる。そんな気がします。

 

そしていろんな感情を経由して書けたのがブリッジの3行です。

「自分と向き合うなんて重要じゃない/探さなくてもここにいる/むしろ自分を見失うのに精一杯だ」

 

これが書けた時、僕は僕に救われました。生きる事の核心に少し迫れたような気がして、ここに出会う為にこの1ヶ月があったんなら「それはそれでいいや」って。なんかそしたらタイトルさえもまどろっこしく思えて、何もなくていいやと『not title』って付けました。

 

僕は歌詞中に出てくる言葉をタイトルに使う事が全然なくて、タイトルは歌詞を紐解く要素でありたいと思ってるので「この歌詞にそのタイトル付けるの!?」みたいなのが多々あるんですけど、そういうスタイルで曲を書く自分にとって『not title』ってのは面白いなって。それもあってすんなり付けれた気がします。

 

歌録りも終えてデータに落とし込んだ余韻の中、「このメンタルのお陰で書けた曲が完成したんだからここで切り替えなきゃずっとズルズルいってしまう」と思って、空元気でもまた明るく生きていこうと震い立たせました。今はすっかり元通りです。

 

僕の好きな話があって、大好きなアーティストでもある玉置浩二さんが今から20年以上前に精神病を患って東京の病院に入院されてた頃のこと。

 

医者から薬を飲まされて1日中眠らされて、目が覚めたら何日経ったか分からない。起きたらまた薬をもらってそのまま寝る。その生活に「こんなんじゃダメだ」と抜け出して、北海道の実家に半年ほど戻ったらしいです。そしたらある時に母親から「音楽やってそんなに悩むんなら音楽辞めて一緒に農家をやろう」と。その言葉で肩の荷がおりて、北海道の仲間と会っているうちに精神が回復。そうやって出来たのが『田園』というあの名曲です。

 

バブルが崩壊して日本が不景気に染まっていき自殺者もあとを絶たない中、「生きていくんだ/それでいいんだ」のフレーズに救われた人達も多く、玉置さんのその状況が歌に繋がりその歌が人の命を救うという流れが本当に音楽って素晴らしいなと思います。

 

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生きてく事に答えはないし、意味がないから生きれるんだと僕は思います。辛くて苦しくてそれでいて当たり前な日々だけど、それも生きてるって事なんじゃないかなって。

 

悲しい選択をする人が少しでもいなくなる事を願ってます。

 

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友達が東京に遊びに来てくれた【初日】

こんにちは。田原凌祐です。

約半年ぶりのブログみたいです。

 

僕はというもの、凄まじい体調不良でダウンしています。ここ最近の気温の変化に全くついて行けず、天候の思うがままに高熱を発症させてしまいました。ほんとにきつい。何も出来ません。おかゆも作れません。ブログ日和ですね。

 

さて先日、地元(広島)の友達が来てくれて3日間(16日~18日)遊んだので、その時の事を書きたいと思います。ほんと色々ありすぎたので、、、笑

 

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おそらく長くなってしまうんで、1日ごとに振り分けて3部作で書こうと思います。

まずは初日の模様をどうぞ。

 

3月15日の深夜、京王線の終電に乗って友達はやってきました。年末年始帰省した時にも会ったんで久々感もなく、2年前にも来てくれてるので東京で会ってるという違和感もなく「眠いのー」という会話から始まりました。

 

僕には仲の良い中学の同級生2人がいて、2年前に東京で遊んだ時もそうだったし、帰省した時も3人で会ってます。しかし今回、もう一人は予定が合わずに来れませんでした。

 

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※2年前

 

途中コンビニに寄った彼は店員がおにぎりを温めてくれない事に腹を立てたりしながら、駅から家までの距離を歩きました。荷物を家に置いて暫く話した後、喉が渇いたので徒歩25分のドンキまで向かいました。その道中。

 

おばあさんが国道沿いの歩道に倒れ込んでいたのです。iphoneが吹っ飛んでて、リュックの重さを背負い込んでで、まるで死んでるかのような派手な倒れ込み方と、こんな街で人が倒れてるという光景に「これは救急車呼ばんといけんやろ!」と焦りました。しかしいざ触れようとすると勇気が出ません。そんな事言ってる場合じゃないんですけどいざこの状況に直面すると怖いんです。

 

お互いにどっちが起こすかを押しつけながら、最終的に僕が「大丈夫ですか?」と体をゆすりました。すると体が起き上がり、目をこすりながら現れたのは可愛い女子じゃありませんか。その瞬間、彼はすぐに駆け寄り「大丈夫ですか!」と周りに散乱してたものを直ちに拾って渡してました。彼の女好きには呆れたものです。

 

かなり酒臭かったですね。酔い潰れた女の子は起き上がるのもフラフラで、喋るのもままならない状態だったんで、危ないと思った変態ふたりは女の子を家まで送る事にしました。せっかくドンキに向かってたのに、その逆方向へ。

 

話しながら僕らよりひとつ年下である事と、昼から漫画喫茶のバイトがある事と、彼氏がいるという情報をゲットしました。「家はあとどのくらい?」と聞くと「もうすぐです」と答えたものの、歩けども歩けども着きません。

僕は思いました。酔って駅を間違えてるんじゃないかと。

 

駅を聞くと案の定ふたつ隣の駅名を答えました。もっと早く勘付くべきでした。フラフラな彼女の代わりにタクシーをつかまえると、その子は風のように去っていきました。こんな眠い真夜中にかなりのロスをしてしまい、「胸を揉めばよかった」「家へ連れ込めばよかった」なんてゲスい会話をしたけど、終わった事を悔やんでも仕方ありません。次、そうします。

 

そんな事より、あんな歩道に倒れ込んでる人を見てスルーしていた人達はどういうつもりなんでしょう。終電の時間を考えても、1時間ほどはあそこへ倒れ込んでた事になります。僕らが見付けるまでに誰も通ってない訳はないし。日本の現状を憂いながら、随分と長かった道のりをやっと歩ききりました。

 

ドンキで1.5ℓジュースを2本買って、あまりにも疲れたと近くのマックで休みました。新商品のオレオアイスを頼んだけどその機械を洗浄中らしく、アイス系は注文できないとの事でストロベリーフローズンを頼みました。でもそれも同じ機械を使うらしく、マックシェイクを頼みました。でもそれも同じく。頭の弱い僕は理解力が乏しく、店員に笑われながらアップルパイとポテトを頼みました。

 

4時も過ぎた頃、ようやくマックを出て帰りました。俺はともかく、仕事が夕方に終わってそのまま飛行機で来た彼はよく起きてられるものですね(笑)この後、家に着くなり突っ伏せましたが。

 

さて、ここからが初日です。酔った女の子に出くわさなければこんなに長い前置きは必要なかったのに。

 

小雨ぱらつく3月16日。傘を持って朝の10時に家を出ました。今日は渋谷、原宿、新宿をぶらぶらして服なりなんなり買おうというショッピングデイです。まずは渋谷をまわり、そのまま徒歩で原宿へ渡ります。

 

色々見て回るものの、ちんぷんかんぷんです。そういえばこのふたりで遊んだ時に、服やら靴やらは買った事はなかったな。オシャレはもう一人がある程度分かってて、奴に今まで頼ってた事を実感しました。迷ってても鶴の一声がないから決めきれないし、そもそもこれで迷ってる事自体が正しいか分かんないし(笑)

 

そんなこんなで昼になりスタバで一服する事にしました。僕はキャラメルマキアートを先に買ってソファー席を確保して、彼は腹が減ったと言いフードを買ってました。総菜パンでも買ってくると思いきやドーナツとエクレアみたいなやつを買ってきて、そのうえ甘いホットドリンクも買って、食べ始めて数分で「甘すぎる」と言い出して全部僕に授けました。来れなかったもう一人がいればツッコミがあって纏まるものの、ボケ二人なので何もかも完全に飽和状態です。

 

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ずっと休んでても仕方ないので、食べたらすぐ外に出て古着屋へ向かいました。案の定センスないんで色々と眺め続けます。すると店員が話し掛けてきて、「どんな服をお探しですか?」というところから、気付けばプライベートな話に発展しました。30分以上話し続けましたね。仕事は大丈夫なんでしょうか。意気投合し、仕舞いにはツイッターも交換しました。フレンドリーな街です、東京は。

 

その後ラフォーレ原宿で服を見るとは名ばかりの女を見て、竹下通りを潜り抜けて明治神宮へ行きました。3年半東京にいるけど、明治神宮に行くのは初めてなんです。底になぜか穴の開いてしまっていた靴で雨をはじきながら向かいました。

 

すれ違った親子が鳥居のところで一礼してから潜り抜けてました。僕はそれに感化されて、その後全ての鳥居で入る時も出る時も一礼しました。彼は僕以上に感化されて、店に入る時も自動ドアの前で一礼してましたが。

 

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僕はお参り男子なので財布の中には大量に5円玉があります。家にも5円玉貯金箱があるほどです。ゆくゆくは御朱印を集めたい所存です。宮田愛萌ちゃんのように。

 

お参りはまず神様に感謝をします「いつも見守ってくれてありがとう」と。そこから願い事をします。僕は僕なりの願い事をして、彼は貸した傘をぶっ壊して、原宿駅から新宿駅へ移動。

 

今回東京に来るにあたって彼はピンサロに行く事を強く望んでました。「ピンサロ行こうで」っていう1ヶ月前の彼のノリLINEに、僕が必要以上に興味を示した事が火を点けてしまったのです。僕はどうせ行くなら失敗したくないと2週間以上かけてネット検索しまくって優良店を探し、出勤時間や指名のテクニックなどありとあらゆる所まで情報収集しました。

 

しかしそんなさ中、僕は新しいキーボードを買ってしまったんですね。10万円以上しました。今の僕に必要外のお金を出す余裕はありません。泣く泣く諦めて、ピンサロの入口で一礼する彼を見送りました。

 

1時間半くらい本屋で時間を潰して彼と合流。「可もなく不可もなくみたいな女の子が出てきた」と言う彼の顔は割と満足そうでした。

 

夜は焼肉の食べ放題の『安安』を19時で予約してあって、まだ1時間ちょっと時間がありました。

彼が四角い鞄(正式名称が分かんない笑)を買いたいらしく、マルイに行くことにしました。入口を入った所で大事な電話がかかってきたので一旦通話して終わった頃、彼は鞄コーナーのお姉さんに捕まってました。3万円の鞄を凄く勧められてましたね。しかしまぁ彼は朝からよく捕まるものです。顔に”無知”とでも書いてあるんでしょうか。

 

ただ見てるだけなのに店員が寄ってくるのを嫌う彼は、捕まる度にその事をぼやいてました。金のない僕はその点に関しては立ち回りが上手いので、毎度彼を連れ出していたのですが。というか、マルイって鞄がこんなに売ってたんやな。普段使いの難しそうな高い鞄が沢山ありました。

 

色々見回っていたところ彼は6Fでひとつの鞄を気に入って、長い事見てると髪型だけ菅田くん似の店員が話し掛けてきました。色違いや柄違いなど存分にアピールしてきます。しかし彼の中で即決には至らず、「一応上の階も見てきます」と言い残し去りました。そうして上へ上がって見てみたものの、納得出来るものが見つからず。

 

悩んだ結果6Fに戻って買う事に決めました。菅田くんがいなかったので他の店員に「さっきの店員と話したい」と伝えたところ、休憩中だったにも関わらず来てくれました。”あの去り方では戻ってこないだろうと思う所へ戻ってきた訳だから喜んでくれるだろう”というその喜びが見たいが為に敢えて菅田くんを呼んだ割には普通の反応でした。菅田くんともなればそうなのでしょうか。

 

彼が言われるがままにポイントカードを登録し始めて、僕はただただ暇なので菅田くんが最も菅田くんに見える角度を探しました。右斜め後ろからがベストです。

 

そうこうしてるうちに飯の時間も近付き、強くなった雨に傘で対抗しながら向かいました。着くと人が並んでいましたが僕らは予約してあります。スムーズに席に座りYouTubeの画面を店員に見せました。

 

そう。3月末まで安安では、YouTubeのチャンネル登録者100人以上の人は3800円の全メニュー食べ放題が税込1000円になるという神企画をやってるのです。同伴者も適応されます。

 

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食べに食べまくりました。どこの部位を食べてるかも分からぬまま焼きまくりました。タッチパネルで注文するシステムなんですが、終盤にデザートのシュークリームを14個頼んだり、チョコアイスを8個頼んだりして店員に直接注意を受けました。店が混んでたし、仕事が追い付かないというか在庫の問題もあっての事なんでしょう。そもそも焼肉屋で14個もシュークリーム頼む馬鹿はいませんからね。きっと僕が店員なら従業員同士で陰口言います。モラルがなってませんでした。

 

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こんなに食べて全部で2000円です。シュークリームとアイスだけでも元はとれたでしょう。90分制限だったから終わったけど、まだまだ食えそうでした。

 

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焼肉屋の匂いが染み付いたコートを着て寒さに怯えながら外へ出て、随分歩いてそのまま帰りの電車に乗りました。さて、次の日の予定は決まってます。僕の中のメインイベントが控えてます。

 

また2日目のこと書きますが、最初に危惧してた以上に長くなってしまったので次はなるべく纏めます。

それでは。

Black&White

東京オリンピックまで、今日でちょうど1000日前らしいです。きっと殆どの人が「あと1000日しかないの?」って感じるでしょう。

 

開催される頃、僕は24歳になっています。これにはなんだか現実味が沸きません。要は「1000日」があっという間かどうかの話ではなく、「1000日」って響きがあっという間に感じられる訳です。

 

誰もが響きに揚げ足を取られています。それが壁となって、物事と向き合う前に「どうせ出来っこない」と諦めたり、「これをやったって意味がない」と決めつけたり。

 

響きがもたらす思い込みによって、沢山損をしてきました。その事に深く僕は後悔しています。だから「1000日」って響きには負けないように、その1日1日と向き合って生きていきたい。それが今の僕の信念です。

 

さて、ASKAさんのアルバム『Too many people』発売から245日後の10月25日。新作『Black&White』が発売されました。

 

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年に2枚目のアルバム。こんなに早く次の喜びを手に入れる事が出来るとは思ってませんでした。『SCRAMBLE』は7年ぶり、『DOUBLE』は5年ぶり。あの頃が嘘みたいな活発ぶりです。

 

『Too many people』は言うまでもなく名盤でした。あれほどの事件があって、『700番』だけでは綴りきれないであろう程の辛さがあって、世間からの尋常じゃないほどの攻撃があって。

 

そんな中であれほどのアルバムが出来上がっていったんだと思うと、ゾクゾク感が半端なくて最高にロックだなと思いました。天才ぶりを証明するように、ASKAさんは見事に音楽で批判の声を黙らせたのです。

 

この世において、僕の中で『Kicks』を塗り替えるほどの衝撃に出会う事はないだろうと思ってた。それほど『Kicks』に与えられた影響は偉大なものでした。それが約20年の時を超えて『Too many people』を生み出すんですから。こんなにも幸せなファンはいません。


そして『Black&White』は、そんな前作すらも超えた傑作だとSNSやレビューなどで盛り上がってるようですね。

 

Black&White』はフラゲしました。しかしまだ聴いてません。そりゃあ聴きたくて堪らないけど、ゆっくり出来る時間にちゃんと噛み締めて聴きたいから。大事な一聴目は大事に聴きたい。

 

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『Too many people』もそうでした。フラゲしたにも関わらずその週の日曜まで我慢しました。はっきりと覚えています。その時に初めて封も開けて、DISCをセットしてヘッドフォンを装着して。座って机に置いた歌詞カードをじっと見て集中した1時間。CDをあんな濃厚な聴き方したのは生まれて初めてでした。あの時味わったとんでもない余韻は一生忘れるもんじゃありません。

 

CDの価値観が薄れてしまってる現代の中で、僕はCDの喜びをどこまでも感じていたい。ネットが進化してYouTubeや生配信などのコンテンツが盛り沢山になった今や、テレビは必要とされなくなってきました。それも僕にとっては寂しい現実です。

 

テレビ全盛期、CD全盛期。その時代は日本が本当に元気でした。変化に順応していかなきゃいけないとは言え、それに従うだけでは完全に終わってしまいます。気持ちだけの問題ではどうしようもありません。やっぱりそこにはお金というシビアな問題がついて回ります。

 

難しい事ではあるけど、一石投じる人が必要です。きっとこのままでは今までの音楽というのは、どこかの時代を境に別のものとしてカテゴライズされてしまう気がする。スマホガラケーのように。

 

音楽を愛する者として、ヒットチャートが楽しかった時代に憧れる者として、この消えゆく流れを受け入れて堪るものかという気持ちでいっぱいです。「音楽がなければ生きていけない」っていう人は変わらずいるというのに。いや、音楽界の全盛期よりも絶対にそういう人が増えていると思う。それなのにこの有り様は到底理解し難いです。

 

同じ想いの下で皆居るはずなのに、音楽が使い捨てのようになっていること。魂を込めてアーティストが作った音楽を当たり前のように聴けてしまえること。CD云々もあるけど、根本にある音楽の価値から今一度見直していかなければならない。ミュージシャンになる事はずっと追い続けてる夢だけど、音楽の世界を変える事も僕の大きな夢です。

 

オリコン1位をとろうと、レコード大賞をとろうと、一瞬のブームで過ぎ去ってしまう現状です。残っていかないんです。そうじゃなかった時代が2000年代中盤までありました。「最近のアーティストが悪い」ってのも勿論あります。それはリスナーの音楽の使い捨てではなく、業界がアーティストを使い捨てしてしまってるから。曲が溢れすぎて、一曲一曲の重みが薄れています。

 

業界とリスナーが同じように歩を進めたせいで、互いに取り返しがつかない手前まで来てしまいました。リスナーに訴えたいのは「音楽が好きなら音楽を殺すなよ」って事です。

 

ASKAさんは音楽業界を変えようとしています。全体で考えていかなければいけない問題です。物事の分別くらいついて当然な大人たちが、いつまでもASKAさんの行動に目くじらを立ててるようじゃ一生良くはなりません。アイディアが集まればもっと話は進んでいきます。

 

Black&White』って響きでなんだかCHAGE&ASKAを連想してしまうけど、ASKAさんも「今は復活はない」と言いつつ「いつか」の可能性について話してくれてます。今は時期的に、構想的に言えない事がとても沢山あるんだと思います。言えない事が、また変に疑われたり切り取られたりして足枷になっていく。この繰り返しです。

 

メディアもマスコミも音楽を潰したいとしか思えないような報道をしてますが、軽く唾でも吐きかけて放っておけばいい。最後の最後は本当に音楽を愛する者だけが残るから。

 

僕らは強く立って「334日後」を待ちましょう。

 

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P.S.

「Fellowsを作ってみた」企画で8月に公開した『Imaginary friend』ですが、ちゃんと続きがあります。来月、フル音源を公開するので是非心に留めといてもらえると嬉しいです。

www.youtube.com

新曲 『未来の温度』

今年も残すところ2ヶ月半。
ついこの前までの日差しの強さは何処へ行ったのやら、ほんと一気に寒くなりましたわ。

 

営業にはここまでは売り上げなきゃならないというボーダーラインがあります。高校生には赤点のままじゃ進級出来ないという決まりがあります。同様に天気にも四季を織り成さなきゃいけないという天気の在り方があります。

 

天気たるもの、そこを間違えたならクビです。きっと焦ったのでしょう。9月だというのにまだ秋の面影も感じさせられてなかった事に。彼らは慌てて気温を下げたせいで、結果10月にして例年以上の寒さになってしまいました。かわいいものです。許してあげましょう。

 

さて、先日『未来の温度』という新曲を公開しました。皆さん、聴いてくれましたか?

 

曲が出来る度にそれなりに手応えはあるけど、ほんとごくごく稀に「こっ、これは!」って震える感覚の時があるんです。それが今回の作品でした。取っ掛かりの段階ではまさかそんな大事な曲になるとは思ってなかった。なんせ、喫茶店のバイト中に閃いた曲だったから。

 

まずは歌詞をどうぞ。

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曲も。

https://eggs.mu/artist/tawara_ryosuke

 

あれは木曜の18時過ぎくらいの事だったかな。そんな時間だからお客さんも少なかった頃、陸上部のような恰好をした4人の大学生が入ってきました。同じジャージを着てました。女3人に男が1人。いや、男だけ違う格好だったな。先生のようにも見えました。

 

その女の子の中の一人がほんと虚ろな表情と涙目で、救急車を呼んであげなきゃヤバイだろみたいな雰囲気があって。ソファー席に座った4人の空間はまるでお通夜のように暗く静まりかえってました。

 

肩が揺れるくらいの深い呼吸を繰り返す子の隣の女の子が、ひたすら背中をさすってあげてました。向かい合った位置に座ってた女の子と男性はそれをじっと見つめてました。全く関係ない僕まで胸を圧迫されるような感情があったな。

 

暫くして、虚ろな子と隣の子は一旦外へ出ました。震える肩を片手で抱えて、もう片手はずっと背中をさすってました。店内から見える角度でかなり長い事、それが続いてました。中にいるふたりはその間も全く喋らず。

 

外からふたりが戻ると、5分ほど経ったところで4人とも立ち上がり店をあとにしました。店内から見えなくなるまで、ずっと背中をさすってあげてました。何があったのか知りたくて堪らなかったけど、僕の中でもその内容を想像とかはせずに、よっぽど辛い事があったんだと思う事に留めました。

 

さすってる光景を見た時に自分の中に確かな衝動があって、息を吹きかけるように降りてきたメロとフレーズがあって、ポッケにあった紙の切れ端にそれを慌ててメモしました。「背中をさする」って行為を見た時になんとも言えぬ懐かさや新しさが溢れたというか、ビビビッと来てしまったというか、感情を凄く掴まれました。

 

実際の歌詞の中でも登場する「音のない不安」とか「恐怖をさすって」とかは、そこでメモってた中にあったフレーズです。

 

「背中をさする」って事をテーマにとりあえず書いてみよう!という軽い勢いで、家に帰って向き合いました。とは言え、「背中をさする」ってのは伝えたい事を伝える為のパッケージであって、それを中心に据えても歌としては機能しません。だからそこは書いてるうちにその奥側みたいな、本当に大切な事みたいなものは出てくるだろうと。

 

で、1番のBメロを書いてたところでやっと何を歌えばいいのかって事が見えました。それと同時に『未来の温度』ってタイトルも閃きました。これはほんとに閃いたって言い方が正しすぎるってくらいに、何の脈略もなくポッと頭の上に浮かびました。そこまでは『モールス信号』っていう仮タイトルで書いてたから。

 

「背中をさする」って行為には、ホッとしたり優しい気持ちになれたり、まるで魔法のような不思議な力があると思う。手を触れる。たったそれだけの事で心があったかくなったり、涙が落ちるべき方向へ零れたりする。

 

きっとそんな風に、当たり前になってて日常になっててなかなか気付けないけど、側に居てくれる人の何気ない優しさに皆何度も救わてると思います。あの時手を差し出してくれたほんの些細な事が、時を超えてほんとに大きかったりする。知らず知らずのうちに僕らはそのひとつひとつに支えられてます。

 

だからこの曲が、そうやって側に居てくれる存在の大事さに気付いて今一度ギュッと抱き締められるものになればいいなって。

 

これは前々からブログとかでも話してるけど、僕の音楽は1番が物語や楽曲を伝えるうえでの背景になっています。小説の裏面に書いてあるあらすじを詩的にしたものが1番だと思ってもらえたら。そして2番からは一気に切り込むのです。心に潜り込んで、人生観や道徳観みたいなところになっていきます。ブリッジで伏線とタイトルの意味を回収して、大サビで歌詞全体に繋がりを持たせる。大体そんな流れです。
その中でも毎回2番のBメロを最も重要視してるので、そこは特にインプットしてほしいな。

 

アレンジが過去最高レベルに時間がかかりました。「温かみのあるサウンドにすればこの曲の輪郭を捉えられてる」とは言えません。あくまでも持論だけど、歌詞で伝えたい事を伝える為にはただその事を歌えばいい訳じゃなく、それを伝える為に別なストーリーや具体性を引っ張ってきて重ね合わせなきゃいけないと思う。アレンジも同様で、歌詞と体を寄せ合う事がアレンジではないと。まだ別なところから引っ張ってくるべきサウンドの展開があるんじゃないかって。

 

そういう訳でこの曲をアレンジした結果、今までやった事のないような雰囲気のサウンドになりました。イントロのピアノのフレーズがあるけど、あれを最初から最後までリフレインしてます。ちょっと違う所も、そのリフレインを基にして音階を多少上げ下げした程度です。ドラムも2番からはずっとリズムをループさせました。電子音でバスドラムのリズムを刻んでみようとか間奏にコーラスを加えてみようとか、音楽はほぼ閃きの世界です。そこへ1本軸があればそれでいい。幹がしっかりしてれば、枝や葉がどう伸びようと大丈夫。

 

そうやって『未来の温度』は出来ていきました。ここで綴った事が全てじゃないからまだ色々と探ってもらえたら嬉しいです。結局僕から「時間の概念」を取ってしまったら音楽にならないもんで。

 

僕はかれこれ100回は聴いたはずです。電車で30分の距離もウォークマンのループ機能で流し続けてます。100回時間を行き来しました。

 

是非、あなたの感想を聞かせてほしい。Twitterとかでワード検索して見付けたら全て反応します。これを読んだうえでまた聴いたら感じ方が変わるとかじゃなく、この曲に関してはきっと最初の感じ方への上積みです。

そしてほんとに心から届いてほしい。歌は誰かに聴いてもらわなきゃ歌じゃないって言うけど、まさにその本質のようなテーマの歌だし。どうか広まってほしい。

 

YouTubeに毎度の如くリリックムービーをあげようと思ったけど、良い背景写真がなかったからEggsに公開しました。ちゃんと撮影して来月辺りにYouTubeでも聴けるようにします。

 

今はEggsで沢山聴いて下さい。あなたが聴いてくれる事が僕の背中をさすってくれてます。僕は音楽という形で精一杯返していきます。

 

現在は『ボトルメール砂の城』という曲を制作中です。

お楽しみに!

「Fellows」の制作に取り掛かります

久々に東京から広島へ帰ってきました。もう3日目ですね。

 
着いた駅で重い重いキーボードを汽車から降ろす時、手こずってる僕に駅員の人が「一緒にやろうか?」と声をかけてくれました。「あ、すみません。じゃあお願いします」と答えた僕に、その時優しさ以上にじんわりと来たものがありました。
 
それは「一緒にやろうか?」のイントネーションです。景色じゃ全然久々感もなかったのに、そのイントネーションで「あぁ、広島だな」って感じました。
 
僕もイントネーションはだいぶ地方感が漂ってて、東京で会話してたら浮いてしまいます。その浮く感じも好きですけどね。
 
さて本題。「ASKAのFellowsを私が作ってみた」について。
先日ASKAさんがブログで、まだ発表もしてない楽曲のオケだけをYouTubeに公開して、「そこへ自分なりの歌詞とメロディーを付けてみな」という企画を立ち上げました。
 

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実に画期的です。59歳が普通こんな事を思い付きますか。「ASKAさんのファンだからASKAさんの音楽が好きなんだ」ってのは当然あるけど、新しく作る曲が年齢を感じさせないこと。発想が古くならないこと。年齢と上手く付き合いながら逆行して、時代を読んで歩こうとする姿。この若さこそが僕がずっとファンでいる大きな理由だと思います。
 
歌を作って届けて皆を感動させる。アーティストとはそういう事だし、それ以上の事をする必要もありません。でもASKAさんは常に音楽の未来、地球の未来の事を考えています。
 
今じゃ当たり前になってるような事だって、CHAGE and ASKAがいなければそうじゃなかったかもしれない。日本の音楽シーンの様々な発端であり、数々の土台作りを担い、この先何をしていけばいいのか常に考えて形にしてきた二人がいます。
 
これだけ第一線を走ってきたアーティストなんだから、真っ直ぐな道をただ歩き続けたって誰も確信を持って付いていきます。だけど「そこまでやらなくたって全く問題ないのに。何も言われないで済むのに。」っていうような風当たりの強い事へ自ら突き進んでいく。
 
誰かの為に、何かの為に出来る事はないか。
そんな人としての素晴らしさを僕は深く尊敬しています。
 

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今回の企画については「世の中には、表舞台に出ることのできない、センスと才能を持ったミュージシャンがたくさんいますからね。DADAレーベルは、それを聴きたいと思っています」という文で結ばれています。
 
音楽業界は本来そうあるべきなのに、近年のCD不況だったり違法DLや音楽媒体の進化などによって大幅に利益が減り、そういう人材を発掘する余裕がなくなってきてるのが真実です。最近は、ある程度世に出ているアーティストの背中を押し出す事が新人開発になっているのではないだろうか。
 
勿論、僕は作ります。「これはチャンスだ」とかいう事よりも、ASKAさんのものに自分を乗せれる事がただただ嬉しい。生まれて此の方憧れで、小学生の時にASKAさんの散文詩に曲をつけて歌った事もありました。そんな懐かしい記憶が今回、公式的にやれるという事。そりゃあ嬉しくてたまりません。
 
この企画が発表された時、僕は新曲の制作中でした。だから新曲に引っ張られる事を恐れ、完成させてから取り掛かろうと決めてました。
 
帰省前日にようやく完成して僕も企画に混ざれるようになったけど、その頃には既に沢山の「作ってみた」がYouTubeに公開されてましたね。僕はまだどれも見てません。自分のが出来てから見ないと新曲の完成を待った意味がないからです。
 
意識しなきゃいけないのは、いかにして色を出すかという事です。
 
聴き手にとっては詞と曲が重視されがちですが、アレンジとは味付けです。アレンジ次第で曲はいかようにもなります。ソロアーティストはアマチュアの間、ギターやピアノで弾き語りする事が主なのでアレンジをする必要がありません。コードを付けて弾けばいいから。アレンジは急に出来たりする事じゃないから、プロになったとしても殆どの人が編曲家にお願いする案件です。
 
でも僕はアレンジに強い拘りがあって。アレンジははっきり言って、詞や曲よりも奥が深いんです。この話は長くなるのでまた後日ですが、そのアレンジが先に用意されてるという事は確実にメロディーはアレンジに引っ張られるでしょう。そうなったらオリジナル性との間に纏まりは皆無です。
 
方法はひとつ。「アレンジに対して詞と曲を乗せる」のではなく「詞と曲に対してアレンジを乗せる」という発想に転換すること。要は普段の音楽作りと同じようにすればいい。
 
ただ、アレンジが既にある状態でどうするか。
 
そこで僕は「Fellows」のバックミュージックをYouTubeで聴いて、テンポとリズム感だけを吸収しました。覚えたら引っ張られるので何度も再生しません。
  
テンポとリズム感を一度頭にインプットさせたら、そのビートをいちいち鳴らして考えなくても自然と呼ばれてくるものです。僕は曲を作ろうとして作るタイプじゃないので、いつも降りてくるのを待ちます。その時もあらかじめテンポとリズム感だけは設定しといて、その感覚の中で暮らしていればちゃんと呼応してくれるのです。
 
今までと同じように自然と呼ばれたものをいくつかボイスメモに吹き込みました。「蝉の声がするなー」って気になった時にふと浮かんだメロ、靴を履くときにふと浮かんだメロ、、、色々あります。
 
いつもはビビビッと来たものが降ったら、もうボイスメモには吹き込みません。でも今回は初の試みで見当がつかないので、出来るだけ素材を増やしました。そうやって貯まったボイスメモの中からどれを使うか、どれを組み合わせるか。そこで初めて「Fellows」のバックミュージックを慎重に聴きました。
 
コードに関してはこの時に初めて吸収します。コードと音階は密接に関わっているので、ボイスメモ達もコードにはじかれていくつかサヨナラする事になりました。
 
コードはその人の音楽の特徴を表します。意識してなくても良く使うコードがあったり、このコードが来たら次はこのコードに行くみたいな流れがあったり、人それぞれの癖みたいなのがあるものです。
 
だから「Fellows」で、予測と違うコード進行の部分とか凄く新鮮で面白かったです。ASKAさんのコード進行は毎度えげつないですからね。こういう聴き方をしたら一段とドギマを抜かれます。
 
歌詞はメロとの相互性です。ボイスメモの中でも、言葉と一緒に降ってきたものはその言葉で吹き込んでいます。どういう意味のフレーズか?とかはその時点じゃ分かんないけど、歌詞をいざ書く時にそこからイメージを膨らませていくのです。使いたいメロが何かの言葉と一緒に降ってきたなら、それ以外の言葉をそのメロは求めてない訳だから。
 
歌詞のテーマとしては「イマジナリーフレンド」的な事で書きたいと思ってます。前々からいつか使いたいなと考えてた題材でした。まぁ、まだ吟味中です。
 
ここまで色んな事書いたけど、あくまでそれらは僕の作り方でしかありません。なんせ音楽は自由ですもんね。
 
実際、どんな歌が書けるか僕にも分かりません。歌を書くときは毎回そうです。
真っ白なところからひとつのものを作り出すので、僕にもさっぱり想像がつきません。何が出来るのか、毎回出だしの気持ちとしては「頑張ってくれよ」「良い曲書いてくれよ」みたいな、どこか他人事でもう一人の自分に任せるみたいな感覚があります。
 
ただひとつ確信を持って言えるのは、魂を削って作るという事。
 
勿論フルで作るけど、とりあえず1番が完成すればYouTubeには公開出来るので。当初の予定通り、来週中には出来るでしょう。完成したら是非聴いて下さい!魂で届けます。
 
 
 
とにもかくにも8月16日が待ち遠しいですね。。。