田原凌祐の鍵盤弾き語り日記

広島県出身20歳、キーボード弾き語りシンガーソングライターが未だに青春してる10の理由

ジャケット&アー写撮影

先日、4月19日に自主制作シングルを発売する事を発表しました。

 

ずっと頭にはあったんです。「作ろう、作ろう」って。

でもたった1枚作るだけでも道のりがなかなか厄介だから、それを恐れて踏み出してなかったのです。

 

アルバムだって同じくです。自分の中で去年の年終わりに出そうと思ってたけど、結局踏み出せずに「2017年中には!」っていう事になってしまいました。ただこのアルバムに関してはとてもとても期待して下さい。着実に水面下で面白いほど進めています。今から煽っときます。

 

さて、今回やっと出せるシングルは『希う/Whatever/ランナーズハイ』のトリプルA面と、5曲の新作カップリング曲を合わせた全8曲です。今伝えれるのはそれくらいのことなので、詳細はこの1ヶ月で順々にお伝えしていきますね。

 

それで先週の3月10日、そのシングルのジャケット撮影とアー写撮影をしてきました。

 

この日に向けて構想を前々から練りに練ってPCで構図を作成しました。どんなテーマで、どんな感じで、何処で撮るか、、、。

 

「これ!」って固まればそこからはその波に乗るだけなんですが、そこに行き着くまでが一苦労でした。

 

なんせジャケットが悪ければ曲が良かろうと台無しです。人間と同じで、見た目が悪ければ中身もそう捉えられてしまいます。

 

こんな事を書いてる僕ですが、この日の撮影で着てきたファッションは協力してくれた皆から大不評で、会うなり速攻で上から下まで着替えさせられました。服を買いに行くところからのスタートでした。

 

店の中で着替えを済ませて、そのまま撮影場所に移動。

 

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原宿の東急プラザ。

沢山出した候補の中から、最終的にここを選びました。

ここは入口が万華鏡のようになっていて、異空間に吸い込まれたような気分になれます。

 

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まずはこの屋上にある「おもはらの森」という所で、表と裏ジャケットの撮影に臨みました。

 

撮影に使われたカメラは、夜の暗さの中から僅かな明るさを抽出して景色や被写体を映えさせてくれます。2年前に発売したミニアルバム『Quick as Lightning』でも、イメージを跳び越えてカッコいいジャケットに仕上がりました。

 

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写真はほんの少しの妙で劇的に感じ方が変わるし、言葉よりも正確に心を表せます。素敵なセンスを向けられてほんの少しの妙を探りながら、何枚も何枚も撮りました。

 

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アー写は全部で3カット用意してて、2カットは同じく「おもはらの森」で撮ります。全身に僕なりの坂口健太郎を宿らして、寒さに体を震わせながら無事録り終えました。

 

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あまりにも寒すぎて、避難するように屋上から室内へ。ラストは万華鏡のような入口でのアー写撮影です。エスカレーターに挟まれた中央の階段に立って、下から上の角度で撮影しました。

 

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そういえば乃木坂46の『世界で一番孤独なLover』という楽曲のMVのロケ地はこの入口でした。頭の中で何度かその曲が流れてました。曲もいいけど、MVがかなりカッコいいので是非見てみて下さい。

https://www.youtube.com/watch?v=r3HFM3aSyyM

 

屋上と違って人に沢山見られるからここでの撮影は早目に終わらせようと思ってたものの、下から上の角度は僕のポテンシャルを際立たせるものでした。実にカッコ悪い顔ばかりで、その場で色んな考えを膨らませてどう立つべきか模索しました。万華鏡を活かすにはこの角度しかなくて、屋上でのカットを超えるくらい時間がかかったのです。

 

途中から僕は一切、周りの人混みが目に入らなくなっていました。あの瞬間、本格的に坂口健太郎に入り込めてた気がします。ようやく僕なりの「これだ!」と思えるものが撮れて、全撮影を終えました。

 

どんなテーマで撮ったかとかもっとひとつひとつ説明したいところだけど、ジャケやアー写を公開した時の感じ方が薄くなってしまわないようにこの辺にしときます。

 

来週には公開できるかな。楽しみにしてて下さい!

 

そしてこのCDを手にしてくれる人がいる事で、僕だけではなく撮影に協力してくれた大好きな人達の事も間接的に伝わると思うととても嬉しいです。

 

音楽は円と言う名の縁で繋がってく。

 

 

3rd DEMO SINGLE

『希う/Whatever/ランナーズハイ』

2017.4.19(水)Release 500 yen

3月11日

中学校を卒業した日、僕はそのまま友達の家に行ってテレビゲームをしてました。夕方頃に片付けてチャンネルを変えたら、そこには恐ろしい光景が映ってたのです。

 

津波が一瞬にして街を飲み込む映像を見て、これが同じ国で起きた事だと思えなかった。何度も繰り返される映像を見て、僕の小さな頭はこの国が分裂したとさえ思った。

 

24時間毎日どのチャンネルもこの大震災のニュースが流れ続け、東北から遠く離れた人達もこの現実を自分なりにギュッと抱きかかえた。知ってから胸が痛むまでにかなりの時間差があったと思う。

 

僕は何事もなく日々が廻っていく住んでる街の雰囲気が不思議でした。被害を受けなかった場所はそれでいて当然だし、そうでなければ国全体が崩れてくけど、ムズムズした感情が続きました。きっと色んな人が同じようにムズムズしてて、街は平常を取り繕ってた気がします。

 

跡形もなくなった街の姿、遺体を捜索する自衛隊、避難所でギリギリの生活をする人々、、、言葉にならない悲しみが画面を跳び越えて突き刺さりました。

 

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あれから6年。

 

未だに沢山の人が避難生活を送っています。6年も経って復興してきたと言っても、実際は復旧さえ出来てない場所がまだまだ沢山あるのが真実です。報道では語られません。

 

大切な人をなくして、大切なものをなくして、大切な場所をなくして、そこから立ち上がって前へ進んでいけるほど人は強くない。そんな強さを持ってこの世に生まれおちた人などいないと思います。

 

それでも沢山の人が必死に生きています。希望をひとつずつ作ろうとしています。強くなくても、ひとりひとりの精一杯を結集させて皆で強さに変えている。

 

中には立ち止まってる人がいて当たり前だし、立ち止まってる人に直接声をかけてあげる事は、ニュースでしか知らない僕には出来ません。どんな言葉も無責任な気がします。

 

だから遠く離れた人達が今日の日にポエムのような文章を並べたって、とてもカッコいいと思うんです。言葉じゃなくて、そこから溢れる想いのほうが大切だから。

 

「深く考えすぎたら被災者の方は前を向こうとしてるのに逆に悪い」とか「私達は私達で楽しく暮らす事が被災者の為にもなる」とか「いつまでも震災のニュースを流すべきじゃない」とか、それがそうだとしても被害を受けなかった人間が自ら言うべきことではありません。

 

プラスだと思って発した意見が「たしかにそうだ」となって輪を作るのは、同じく被害を受けなかった人間の中でしかないかもしれない。

 

そしてマスコミやメディアはつまらない報道で時間を弄んでないで「未だにどんな生活が続いてるのか、どんな想いを抱えた人がいるのか、街はどこまで復興しているのか」という事を3月11日に限らずもっともっと訴えかけてほしい。

 

人は真ん中からしか周りを見れない生き物だから。周りに行って視界を研ぎ澄ませることなんて出来なくて当たり前だから。

 

見える位置に6年前の事を、そこからの未来の話を置いてほしい。明日になったら、いま想ってる人だって1年後まで自分の真ん中から見えないところへ他な何かと入れ替えてしまうかもしれない。

 

「忘れないでいる事が大切」ってよく言うけど、きっと誰も忘れてはないと思うんです。何処にいたってあれほどの事実を忘れるはずはありません。だから忘れない事をもうひとつ、今日の日にちゃんと僕は付け加えたいと思います。

 

6年前の事だけじゃなくて、6年後の今の事を。

 

東日本大震災から3年。10代の生徒が初めて語ってくれた、過去と今と未来のこと。「SCHOOL OF LOCK! 未来新聞」

ASKAさんへ

 

『Too many people』は邦楽史上最高な名盤だと思う。

 

あまりにも言いすぎたら宗教じみてしまうけど、J-POPは今まで色んな事を見落としすぎてると凄く思った。こんな傑作が出来上がるほど、この世界には素晴らしい言葉や音階や楽器があるというのに。その全てを有意義に使えてない音楽が時代を埋めて、いつしか濃厚な音楽を理解出来る人が少なくなって、「深い」は「ぶっ飛んでる」と言われるようになった。

 

とはいえ、大多数を占めるそんな脳ミソに合わせる必要はない。今、これを読んでくれてるあなた達によってJ-POPは辛うじて救われています。音楽を読み解ける皆さんによって。

 

でもこんな世の中にASKAさんの新譜は大きな評価をされました。凄いものを凄いと思える人が沢山いました。勿論、この円をちゃんと分かる人はガムを噛むように自分なりに歯形を付けたでしょう。しかし分からない人にも、滲み出る何かが伝わって何故か泣けてくるって現象が生まれたんです。初めて噛んだガムを美味しいか美味しくないかの基準で決める間もなく、「懐かしい」とか「優しい」とか「愛しい」とかが広がったんだと思う。

 

僕はASKAさんの誕生日に渋谷のタワーレコードで購入しました。

 

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そして、自宅でひとり視聴会をしました。CDを聴くことを日常に同化させないで、まるで映画を観に映画館に行くような気持ちで、歌詞カードを読みながらCDを流して聴いたのです。それだけに集中した63分。

 

聴いて溢れまくった想いは書き出したらキリないので、感想は次のブログで綴ります。このブログで綴りたい本題をまだひとつも綴れてないので、、、。

 

 

先日、YOUTUBEに『ASKAさんへ ~episode2 』というタイトルの動画を公開しました。『reverse』というオリジナル曲の音源のリリックムービーです。

 

www.youtube.com

 

reverse

 

作詞・作曲・編曲 田原凌祐

 

君はちゃんと見付けてないんだよ

僕はちゃんと見付けてないんだよ

月の裏側が見えないように

 

誰も皆 隠し持ってるカードがある

めくられないように守ってる

僕らが僕らでいる為の神経衰弱

 

欲しがったり 拒んだり

シーソーのように愛情を 君と僕でゆらゆらさせてる

時を重ねてお互いに 言葉がなくても通じ合える

傾く角度を変えてあげる優しさを持てるようになるんだ

 

月が滲む あれは満月か三日月か

それも分からないくらい この目は悪くなったんだな

今、僕の心が映し出す月の形がある

君のことを好きでいたい いさせて

 

「僕の全部で守り続けるから」

「一秒たりとも見逃しはしないから」

そんな決め台詞は風のように吹き抜けていく

 

芝生に寝転がってくすぐってみたり

急にかくれんぼを始めてみたり

日常の何気ない君に折り目がついてる

 

天井も壁もない部屋で 星空が見えるのは

当たり前の事なんかじゃないんだ

それ以上は知りたくない そんなにも踏み込まないで

全てを知る事が本物の関係だとは思わない

 

虹の麓 目指したって途中で見失ってしまう

それもそのはずさ 遠くからしか見えない景色もある

今、僕は誰かから見た虹の麓に立ってるのかもな

君に会えたことが多分 そう

 

願い続けたその先で 止まった時計も動き出すだろう

動き出したその時に 止まってた訳じゃないと気付けるだろう

 

出会うよりも前の君の事は 有耶無耶なままでいい

僕らが僕らでいる為の処方箋

 

月が滲む あれは満月か三日月か

それも分からないくらい この目は悪くなったんだな

今、僕の心が映し出す月の形がある

君のことを好きでいたい 

ずっと 好きでいさせて

 

 

既に聴いてくれた人もいるでしょう。この曲はTwitterでもツイートしたように、ASKAさんが誤認逮捕で拘留されてた間に制作したものです。

 

去年の11月28日、電気が走るような衝撃が体いっぱいに起こりました。そこからの酷い報道は皆さんもご存じの通り。拘留されて何も言えない本人をいいことに、報道とは呼べない想像のニュースが連日並んだ。悔しくて悲しくて、信じてて祈ってて、あの痛くて長すぎた3週間。あの日から僕の音楽は完全にシャットダウンして、何も手につかずにいました。

 

でもTwitterで同じ想いの人達と共有してるうちに、押さえつけられてた感情が溢れて、その時に何故か最初の2行の歌詞とメロが同時に降りてきたのです。僕はそれを何度噛み締めても何を表してるのか全く分かりませんでした。ただ、シャットダウンしてたところに降りてきた偶然を偶然にしてしまうのは違うという事だけは理解出来ました。

 

ここから歌を作ろう。僕は何とも言えない現実を音楽に落とし込もうと決めました。

 

しかしこの複雑で感情ばっかりが先行する現実を真っ直ぐに歌にしたところで、音楽としては全く機能しません。そうじゃなくて些細な所を繋いで、日常に置き換えること。この現実と関係ない所を歩く人にも伝わるような形にフィットさせること。これに尽きます。

 

僕は気持ちが先走らないように表現を用いて慎重に歌にしました。

 

ASKAさんとファンの関係であるように、この世にはいくつも「君と僕」という関係が存在してます。誰かが誰かと繋がりを持ったならそれはすべて「君と僕」の世界。家族や恋人や友達、みんなそうです。

 

その関係が良いもので在り続けるには、お互いがお互いを認め合って、シーソーのように時に相手に合わせてあげる事も大切です。そしてここからが大事で、相手を知りすぎないって事も大切なんじゃないかなと思うんです。

 

憶測が憶測を呼んで、加熱する報道と鵜呑みにする世間。知る権利というものがこの世にはあります。だけどそれなら知らなくていい権利というのがあってしかるべきなのでは。報道の自由のすぐ裏側にあるのはプライバシーの保護です。

 

「ゲス不倫」と言われて叩かれに叩かれた去年の1月の報道。不倫の事以外まで、マスコミは追いかけました。昔から変わらない「弱い所につけこむ」という体質。

 

しまいにはLINEが流出して炎上は更に燃え上がりました。しかしメディアは「LINE流出」という大問題には触れませんでした。悪い事は悪いと言って必要以上に世間を散らかすくせに、おかしい事に対しては鍵をかけたまま。

 

文春やFRIDAYをはじめとした虐めの群れは恥の上書きです。情報をゲットしたら鼻を高くして調子に乗って、あらゆる人を傷付け続けながら何年も何食わぬ顔で存在してる。

 

その有り様を見て、僕は誰かの尻尾まで掴む必要はないと思いました。好きだからこそ、大切に想ってるからこそ、人は相手の事を沢山知ってあげたいと思う生き物です。でもそれが息苦しさを生んだり、逆に相手を傷付けたりしちゃう事もある。知りすぎて自分が傷付くこともある。

 

誰だってめくられたくないカードを胸に忍ばせてます。長い付き合いの関係ほど、そういうものです。

 

全体的に難しい歌詞かもしれないけど、2番のBメロの2行だけとても真っ直ぐ。

 

“それ以上は知りたくない そんなにも踏み込まないで

全てを知る事が本物の関係だとは思わない”

 

この2行を幹にして枝や葉を伸ばしてると思ってもらえたら、この曲はきっと感じやすくなると思います。表現の間をくぐりやすくなるはずです。拘留期間中に目にしたいくつものニュース、即ちマスコミの群れがこの歌のきっかけになったのは言うまでもありません。

 

そして僕はこの歌詞を書き上げて、『reverse』というタイトルをつけました。「表と裏」というような意味をこの曲に持たせたいと思ったからです。

 

人の心には表と裏があります。心の奥に入っていくのはいいけど、裏側まで行く必要はない。カードは表のままでいいんです。その絵柄まで知らなくても楽しくやっていける。だから、「好き」っていうのは分かりきったうえで、”好きでいさせて”って話なんです。

 

これらをふまえて聴くと、きっとこの曲の響き方はまた変わると思う。ここまで読んでくれてありがとう。

 

 

2年半前に公開した『ASKAさんへ』という動画。2014年5月の事件、あそこから皆さんの想いが集まって完成したひとつの形。気付けば10万再生を超えました。今もあの動画にASKAさんに対してのコメントは増え続けてます。

ASKAさんへ - YouTube

 

TUG OF C&A の皆さんと一緒に作り上げたものが確かにある事。あの動画を公開した日、僕はこんな今が来るなんて想像もしてませんでした。皆さんの中にもある記憶。それほど未来の圧力が半端なかったんです。でもあの動画の中にあるメッセージのいくつもが現実のものとなってること、なってきてること。

 

「人は願うものがある限り果てしない」

 

ASKAさん、本当にありがとう。

新曲 『Whatever』の秘密

11月12日(土)、『SOTETSU LOCK ON MUSIC 2016』という野外ストリートフェスに出演してきました!

 

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相鉄線を様々なアーティストが移動して、25分×2ステージを行う回遊型音楽フェス。僕は、1本目が11時50分から湘南台駅にて、2本目が13時55分から瀬谷駅にてというタイムテーブルでした。

 

この日のセットリストを組む中で、何よりもやりたい楽曲がありました。『Whatever』という初披露の新曲です。

https://youtu.be/I3Y7HjrJuLo(フル音源)※イヤホン推奨

 

この曲に着手してた時期の僕は、東京国際映画祭にも行ったりして映画を沢山見てました。「琴線に触れる、鳥肌が立つ、涙が溢れる」、そういった心が洗われるような感情体験をしまくってたわけです。それに感化されて、音楽で鳥肌を立たせたいって気持ちが強く生まれました。

 

”映画のような楽曲制作”

これを念頭に置いて構成を考えていった結果、Aメロ×4→Bメロ→サビ→Bメロ→サビ→Aメロという特殊な展開になりました。

 

そして僕が感動する映画は、セリフのないシーンでどれだけ伝わってくるかという所が大きな鍵を握っています。登場人物の表情の妙、映し出される背景、息を飲むような沈黙、、、。歌でいうとその部分が間奏だと思います。

 

僕はもともと、間奏の重要性を掲げてきたから今に始まった事じゃないけど、今回はもっと手塩にかけたいと思いました。ラストAメロ前の1分半に渡るコーラスワークはまさしくそれです。

 

映画的である上でもうひとつ。ある種の洋楽チックでありたいなと、そういうスケール感を狙いたいなという意識がありました。例えば洋楽の歌詞って、邦楽の歌詞と比べてそこまで意味がないんですね。というのは、描かれてるシーンがピンポイントで、ストーリー性や展開でぐっと来させるのとは違う訳です。邦楽のリリックが生絞りのオレンジジュースならば、洋楽のリリックはミキサーにかけられたオレンジジュースだと僕は思う。

 

僕が大好きなアーティスト、ノエル・ギャラガ―の歌詞はフレーズとして胸に来るものばかり。何か分からないけど、捉えようがないんだけど琴線に触れてくる魔法。

 

「伝えたい事がなくなった」って言ったら語弊があるけど、最近は「もうそこまで意味を求めなくていいんじゃないか」っていう想いがあります。自我とか人間観とかそこから離れたところで歌を書きたいし、共感の中で音楽をやりたい訳じゃないし、自分を伝えたり重いこと歌ったりでメッセージ込めまくって感動させるのは予定調和というか。

 

これまでも詞にしろメロにしろ、意識的な部分とフィーリングの部分を混ぜ合わせて構築してきたけど、最近の気持ちの変化でフィーリングの部分の比率が上がってからは、歌を作る事が前ほど苦じゃなくなってきました。

 

『Whatever』では、夫婦や恋人や友達や家族だったりの関係の中で、ずっと傍に居たいという率直な気持ちを歌っています。沢山の記憶、思い出があって、それをふたりで浮かべて微笑んでるイメージです。

 

きっとこれまでならその記憶を描いて"今"を際立たせただろうけど、そうじゃなくて、今を描く事で「この二人にはこんな記憶があったんだろうな」っていう想像に任せたいなと。描いた所から、描いた所よりも描いてない部分が見えてくれば面白いと思ったのです。

 

聴いてくれた人が自分の中のこの曲の「君」を浮かべた時、一緒に記憶が蘇って今が物凄く愛おしくなってほしい。

 

Aメロの「Nobody Knows」は「誰も知らない」という意味だけど、"二人だけの世界"というのを強調する為に頭に繰り返し持って来ています。日本語と英語の混ざり具合という邦楽特有の強みも活かしながら、今作では全体的に新しいトライを沢山やれた気がします。

 

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この曲を12日は2ステージともラストに歌いました。アカペラで歌い始めて、合図と共にサウンドが鳴り始めて、そこに重ねるようにキーボードで弾き語り。良く晴れた青空に、『Whatever』は想像を遥かに超えて似合ってました。

 

これを歌いながらずっと鳥肌が立ってた。次のパートへ行けば行くほど、自分の中でゾクゾクを味わった。歌っててこんなにもダイレクトに心が震えたのは初めてでした。

 

自分の中だけの温度で終わっては意味ないけど、聴いてくれてた人達との距離がどんどん近くなっていった感覚が確かにありました。リスナーが心で返してくれてるなと。目に見えない事なんだけど、良いライブが出来てる時って分かります。空間のメタファーっていうのかな。

 

今後のライブで確実に毎回、ラスト曲として歌っていくでしょう。皆さんの想像力、皆さんの今を持ち寄ってほしい。絶対に生で聴いてほしい楽曲です。

 

感動だったり、ワクワクだったりドキドキだったり、言葉にはならないそういう類の共有を多くの人としたい。言葉のない幸福感を。音楽の極みって最後はそうなんじゃないかな。

 

ライブで会いましょう。

変化のカタチ

広島カープ25年ぶりのリーグ優勝してからかれこれ2週間。早いもんですね。

 

中学時代からの友達が「カープ優勝したけえ、俺の人生悔いないわ」って言ってきてさ、電話口に「それは25年生きた奴が言えることやで」って会話したのを思い出す。

 

賑わう自分の出身地の映像を見てはその中に混ざりたい気持ちでムズムズしてたけど、2週間も経てばもう落ち着いてます。クライマックスシリーズが始まったらまた再熱してくるだろうから、SNSでうるさくなるでしょう。

 

それはさておき、先週の土曜日はライブでした。

 

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「次のライブはカープが日本一獲った頃に」って言ったから、今年獲れんと最短でも来年の11月頃までライブ出来ないという、、、(笑)

 

毎度ライブは台本を考えてくるわけだけど今回も入念に練りました。

 

カープのユニフォーム着てグラサンかけて登場したり、カープの応援歌をSEに使ったり、シリア難民の映像流したり、衣装チェンジしたり、MCの内容だったり、、、。

 

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ライブでは音楽はエンターテインメント全身全霊というふたつの気持ちを大事にしています。このふたつをシーソーに乗せて、聴いてくれた人の心を反対側に乗せた時、どれだけ平衡であれるかというのが理想的です。

 

その中で「感情の起伏」という言葉を常々口にしてるけど、笑いどころがあって盛り上がりがあって、感動する所があって考えさせられる所があって、終盤に序盤との伏線があってといった具合に、どれだけの波をお客さんの中に発生させられるかが ”THE LIVE” だと思ってます。

 

そこを体現する為には、慶応生がハロプロに詳しいような、アイドルがプロレスを語れるような、いつも教室の隅で読書してる子が球技大会で活躍するような、どの分野にも対応出来てしまえるような知識と柔軟性が必要で、すなわち日頃からあらゆる所へ脳の回線を張ってなきゃダメだという事です。

 

一言で表すならば映画のようなライブをしたい。

 

そして今回のライブで改めて感じた事があったんだけど、僕は昔から気持ちが前面に伝わってくるアーティストが大好きで、自分のパフォーマンスにもそれを求めてきました。根底にあるものだから意識的ではなく、ライブやオーディションやコンテストの時にも自然と顔はくしゃくしゃになって目を瞑って弾き語りしてました。

 

それが最近は、目を開けて歌う時間がだんだんと多くなってきたんですね。人前でのパフォーマンスをする度に、最中に「あ、目が開いてる」って感じる事が多くなりました。以前のように顔がくしゃくしゃになる事も少なくなったし。

 

届けたいと思えば思うほど今までなら視界がギュッとなってたところが、何の前触れもなくその反対になってきたわけです。

 

視力が物凄く悪くて普段はメガネをかけて生活してます。ライブの時はメガネをかけてなくてコンタクトもしないから辛うじて鍵盤が見えるレベル。皆の表情とかは見えないし、視界が開いたところでぼやけた景色しか見えない。

 

だから尚更「なんで開くようになったんだろう」って疑問が自分の中で湧くし、それを尋ねに感情の奥深くまで潜ってみるけど全然理由は分かりません。ただひとつだけ分かるのは、これは良い変化なんだろうってこと。

 

ずっと長い間続いてた事が意識的じゃない変化をするって、僕の中で一種の革命的であるというか、そうそうあり得るもんじゃないと思うんですね。積み重ねて積み重ねて、何を経験してもずっとそうで在り続けたことって、無理やり意識に持ってくか生まれ変わりでもしない限り形を変える事はないと思うんです。

 

自分でも分からない理由があるって事は、目が開くようになったっていう変化のもっと先で何か大事なものが変わり始めてる、動き始めてる気がします。

 

パフォーマンスを重ねるうちに「だんだんと」って感覚はなくなって、その変化の最終形態に辿り着くでしょう。その時に、ぼやけた視界からたったひとつはっきりと見えるものに出会いたい。それが沢山の心を鷲掴みにする映画の予告であるように、、、。

 

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ライブ活動のお休みについて

我が地元の三次市には「BIG HOUSE」というスーパーがあって、広島県を中心にいくつか店舗があります。そこで売ってるこの天かすがね、僕は大好きなんです。

 

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焼きそばやうどん、お好み焼きだったりに使うんだけど、これ単体で食ってみても美味しくてですね。そんじょそこらの天かすとは大違いな訳ですよ。柿ピーを食うのと同じ感覚で作業しながら手を伸ばしてるうちに一袋なくなりました。呆れてます。

 

それはさておき、9月17日の土曜日にライブするよ!

 

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今回のライブも物凄くエネルギッシュなものになるだろうけどお知らせがあって。この日をもってしばらくライブ活動をお休みしようかなと思ってます。

 

9月になり今年も残り3分の1になって、秋も近くなって、僕は物思いに更けました。人生について考えました。たしか去年もこの時期に物思いに更けたな。

 

その結果、今の僕にとってライブをする事がマストではないと思ったのです。中にはライブ活動で音楽性を極めて、より自分を磨き上げてく人もいるけど、僕はもともと広島の田舎に居て上京するまでライブ活動をしてない人間でした。

 

上京してから2年が経って、時間的にも精神的にも「現状」が苦しくなっています。結果を残さなきゃ続けていく事は出来ません。綺麗事なんて世の中の濁流に飲み込まれてしまいます。プロを目指す奴にとって、全ては結果でしかないんです。

 

ライブをやる度に、手応えだったり悔しさだったりがあります。「これ良かったから次も組み込もう」とか「あれは駄目だったからどう改善しよう」とか色々と脳内を巡ります。そうやって反省に反省を重ねてノートにまとめて、次のライブに向けた台本を作り上げるのです。

 

その積み重ねによって最近になってやっと「田原凌祐とはこれだ!」と言えるライブが出来るようになってきました。色んな恥じらいも消えて、良い意味で学生時代のノリを持てるようになってきたというか。それはきっとお客さんに対して、友達くらいに心が近い距離で届けられるようになった証拠です。

 

勿論しっかり落としどころも作って、どこでどう流れを区切るか、どこで何を伝えるか、観客の感情の起伏を大切にして構成を考えています。そもそもMCして歌ってという繰り返しで30分ステージを完了させたって、誰も聴いちゃくれないから。よっぽど良いオリジナル曲を歌ったとしてもそれだけじゃ駄目でしょう。

 

これまで自分の対バンや観に行ったバンドの対バンで色んなアーティストを見てきたけど、「あ、見たい」って思うアーティストと「これは別にいいや」って思うアーティストがやっぱりいます。両者には楽曲、演奏、歌唱以外においての明らかな違いがあるからです。

 

僕が「あ、見たい」って思ったアーティストだって、人によっては「これは別にいいや」って思うでしょう。僕のライブを100人が見たって、当然「好き」と「嫌い」で二分化すると思います。問題はそこんとこの比率です。

 

「100人全員に届かなくてもたった1人に届けばそれでいい」なんて言ってたら、世の中の濁流に飲み込まれてしまう気がします。無論、メッセージ性やらテーマやら熱量は大事だけど、じゃあそれを活かす為にどれだけの策を練ってきたのか。

 

この一連の考えにおいて僕の中にひとつの溝が発生しました。お客さんを楽しませる為にどういったパフォーマンスをしようかって考える事は全てライブに向けた事です。ライブをする事が積もり積もってどれだけアーティストの何かに繋がっても、ライブの一番の鍵はお客さんの満足度です。

 

だから僕がというより「現状の僕」がプロを目指すうえで、ライブを終えてから反省する時間というのが勿体なく感じるようになりました。

 

ライブをする事は大好きだし楽しいです。でもここまで綴ってきた通り、欠かしちゃいけないのは反省も含めた次のライブまでの組み立てです。

 

「オーディションやコンテストを受けるうえでアクセスのいい東京」と言っていた上京前の自分を、あれから2年経って再度思い返しました。上京するまでは音源審査に受かっても次の審査場所まで行けなくて見送ったオーディションも沢山ありました。

 

今はライブを構築する事より、スタッフの人達が振り向いてくれるような楽曲を構築する事に全神経注ぎ込みたい。そしてどこをどう歩いていくべきか脳をフル回転させて。

 

上京から2年経って現状と向き合って出した結論はこれだけじゃないけど、その中のひとつとしてここに綴りました。ライブをしなくなるというよりも、時間の使い方を変えるんだと思ってほしい。

 

とにかく9月17日は楽しみにしてて。絶対に来てほしいな。

 

人間、何かのポイントで立ち止まります。何もない平面な道で急には立ち止まりません。だから立ち止まれた時に立ち止まれた事実をどれだけ受け止められるか。どれだけ悩めるか。

 

応援してくれる皆さんにはこれからの田原凌祐がどうなっていくかという未来を楽しみにして頂きたい次第です。このブログを何ヶ月先の自分が読んだとしても消したいと思わないように歩いていきます。

もくれんぼライブを終えて

広島へ帰省する新幹線の中で、今僕はこれを書いてます。

 

昨日のもくれんぼライブ終わってから、打ち上げをして、さよならをして、家に帰って録画していたアニメ版の『orange』を見ながら帰省準備をしてたんだけど、全然内容が頭に入ってこなくて10分くらい見たところでTVを消しました。「あぁ、これでおしまいなんだな」ってのを一人になったら余計に感じてしまい、その寂しさを飲み込む事で精一杯でした。

 

もくれんぼは5ヶ月間の生配信をおこなってきました。

詳しい事はこの前のブログ http://tawararyosuke.hatenablog.com/entry/2016/08/03/051857

を読んでもらえたらと思うけど、ライブが迫ってきた頃に色んな事を踏まえてひとつの結論が出て、どんな面持ちで8月4日へ向かえばいいのかメンバーひとりひとり悩みました。ライブが始まる数分前まで控室は感情の波が重なり合ってたけど、誰が防波堤となってまとめるでもなくて、あえてその波のまま本番を迎えたのです。

 

「一体、今日はどうなるんだろう」って思ってたけど、いざ始まってみたら皆のびのびとやれてて、俺も魂でひとつひとつ動けた気がします。控室の空気感も凄く楽しくて、終わりが近付くほどに寂しさが激しくなりました。

 

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あっきーには似顔絵も描いてもらったよ。 

 

オープニングでは皆が会場のどこかに隠れてて、一人ステージに立った小雨ちゃんがひとりひとり見つけてステージ上に集結するというものでした。他な6人は見つかって何事もなくスタートしていった時に、「わしわい!?」と叫んで現れた時のアウェイ感(笑) あの失笑から、ソロのコーナーではよく立て直せたもんだと思う。放送ではスベリ芸ばっかりやってたけど、ステージであんなにウケてもらって気持ち良かったです。俺の「おったまげー」に付き合ってくれてありがとう。

 

aikoさんの『カブトムシ』を小雨ちゃんとなっしーとりらちゃんとの4人でコラボした時の5分間はずっと魔法みたいでした。感情が溢れ出してそれがそのまま声になって、あの空間だからこそ出せた声だったと思う。良い曲すぎて歌いながら泣きそうでした。

 

2番をりらちゃんが歌ってる最中は隣で鳥肌が立ってました。あれ以上望みようがない歌唱だったし、1番から2番の流れとして、ひとつの曲として完璧に纏めてくれて、、、。aikoさんの曲は基本的にコードが複雑なんだけど、なっしーはイメージ通りにギターを弾いてくれた。小雨ちゃんは転調したりで大変なのに表情をつけたピアノを弾いてくれて、それでありながらコーラスまで入れてくれてフェイクにも対応してくれて。本当に歌いやすかったです。二度と出来ないよ、あんなコラボ。この魔法は生涯忘れません。

 

 

始まりから終わりにかけて俺がステージからいくつか飴玉投げたりしたけど、小さな子供が拾って親御さんに「飴玉拾ったー!」って喜んでたらしいです。それ聞いて凄く嬉しい気持ちになりました。

 

アンコール後、深々とお辞儀して3時間のライブは終わりました。物販も終わった頃に僕は大量の鼻血が出ました。意味不明です。しかも全然止まらん。「これで終わりかー」って改めて思った時にクラッと来たから、そういう事なんだろうなって感じました。ウェルカムな鼻血って事ですね。

 

対バンとは違うグループとしてのライブだからこそ生まれた雰囲気だったり、出来たパフォーマンスだったりがあって、僕らが思い切り楽しんでいる中でお客さんも思い切り楽しんでくれて、ライブの本質を見い出せた夜だったと思います。

 

僕らはくしくもこの日のようなポテンシャルを、5ヶ月間の放送の中で発揮する事が出来ませんでした。結論を飲み込んだ理由はそこにあります。ただひとつ言えるのは、こんなライブが出来たひとりひとりの未来は明るいという事です。

 

最後に皆で集まって写真を撮りました。よくよく考えたら初めてだね。8人で映れたのは。

 

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色々、放送に関して思う事はありました。どうしようかってきっと皆なりに考えてたんだと思います。でも、皆が口を揃えて言うのは「このメンバーに出会えてよかった」という事。涼ちゃんが言ってた。「出会うだけなら出来るかもしれんけど、こうも仲良くなれる関係なんてそうそうないよ」って。だからきっと初めて会った日を凄く懐かしく感じてしまうんだと思います。

 

この感情の今、来週からも変わらず放送があれば今度は胸を張れるものが出来るかもしれない。だけどね、それは結論が出た状態で臨んだこのライブがあったからこそだと思うんです。今まで通り何事もなく続いてたなら、もしかしてこのライブは大した事なかったかもしれないし、この3時間が出来たからこれでもう良かったのかなって思っています。

 

色んなお客さんが言ってました。「またライブやって下さい!」って。1 st LIVEだもんね。定義的になんとも返答出来なかったけど、俺としてもこんなライブまたやれたらどんなにいいだろうと思う。その時は今回の何十倍も自信持って「絶対来た方がいいよ」って誘えるし、今回来たくても来れなかった人だっているし。ただ俺からは何も言えないよ。

 

とにもかくにも、5ヶ月間見続けてくれた鬼ちゃん達ありがとう。スタッフの皆さんもお疲れ様でした。

 

そして小雨ちゃん、涼ちゃん、ひなたちゃん、あっきー、さち、なっしー、りらちゃん、出会ってくれて本当にありがとう! 宝物だ。

 

当たり前にあったものがなくなって、皆それぞれの生活をしていきます。余韻から現実に戻っていきます。変わらずそれぞれの音楽を紡いでいきます。俺もそうです。そこでお願いです。皆さんと会えたのもひとつの縁だから、これから8人それぞれの未来も応援してほしい。それぞれのこれからの音楽にも耳を澄ませてほしいです。

 

この5ヶ月で沢山学びました。沢山スベりました。沢山笑いました。沢山違う人の声を重ねました。広島でしかなれなかった自分、抑えてた自分を出せた空間でした。この先に繋がっていきそうです。音楽はエンターテインメントだって事を自分に言い聞かせられました。

 

もくれんぼは皆さんの心のどこかにあればそれで生き続けます。これからも「もくれんぼ」のタグ付けて何か呟いて下さい。願えば何かが起こるかもしれません。このライブの反省もしっかりして活かしていきます。

 

さてさて、3時間半ずっと僕はこれを書いてたみたいです。まもなく広島に着くのでPC閉じますね。

 

もくれんぼのメンバーが「すけちゃん」って名付けてくれて、最初は呼ばれても自分じゃないような感覚がありました。だけどすぐに慣れていって気に入ってさ。そんな呼び方してくれるのは7人だけだから、これからはそれを聞けない事にそのうち違和感が生まれ始める気がします。

 

皆にお願いして控室で1枚の色紙にサインを書いてもらいました。一言も添えてくれました。忘れそうになったとき、それ見て「すけちゃん」って呼ぶ時の7人の声を脳内で鳴らしたいと思います。

 

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