田原凌祐の鍵盤弾き語り日記

広島県出身20歳、キーボード弾き語りシンガーソングライターが未だに青春してる10の理由

3月11日

中学校を卒業した日、僕はそのまま友達の家に行ってテレビゲームをしてました。夕方頃に片付けてチャンネルを変えたら、そこには恐ろしい光景が映ってたのです。

 

津波が一瞬にして街を飲み込む映像を見て、これが同じ国で起きた事だと思えなかった。何度も繰り返される映像を見て、僕の小さな頭はこの国が分裂したとさえ思った。

 

24時間毎日どのチャンネルもこの大震災のニュースが流れ続け、東北から遠く離れた人達もこの現実を自分なりにギュッと抱きかかえた。知ってから胸が痛むまでにかなりの時間差があったと思う。

 

僕は何事もなく日々が廻っていく住んでる街の雰囲気が不思議でした。被害を受けなかった場所はそれでいて当然だし、そうでなければ国全体が崩れてくけど、ムズムズした感情が続きました。きっと色んな人が同じようにムズムズしてて、街は平常を取り繕ってた気がします。

 

跡形もなくなった街の姿、遺体を捜索する自衛隊、避難所でギリギリの生活をする人々、、、言葉にならない悲しみが画面を跳び越えて突き刺さりました。

 

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あれから6年。

 

未だに沢山の人が避難生活を送っています。6年も経って復興してきたと言っても、実際は復旧さえ出来てない場所がまだまだ沢山あるのが真実です。報道では語られません。

 

大切な人をなくして、大切なものをなくして、大切な場所をなくして、そこから立ち上がって前へ進んでいけるほど人は強くない。そんな強さを持ってこの世に生まれおちた人などいないと思います。

 

それでも沢山の人が必死に生きています。希望をひとつずつ作ろうとしています。強くなくても、ひとりひとりの精一杯を結集させて皆で強さに変えている。

 

中には立ち止まってる人がいて当たり前だし、立ち止まってる人に直接声をかけてあげる事は、ニュースでしか知らない僕には出来ません。どんな言葉も無責任な気がします。

 

だから遠く離れた人達が今日の日にポエムのような文章を並べたって、とてもカッコいいと思うんです。言葉じゃなくて、そこから溢れる想いのほうが大切だから。

 

「深く考えすぎたら被災者の方は前を向こうとしてるのに逆に悪い」とか「私達は私達で楽しく暮らす事が被災者の為にもなる」とか「いつまでも震災のニュースを流すべきじゃない」とか、それがそうだとしても被害を受けなかった人間が自ら言うべきことではありません。

 

プラスだと思って発した意見が「たしかにそうだ」となって輪を作るのは、同じく被害を受けなかった人間の中でしかないかもしれない。

 

そしてマスコミやメディアはつまらない報道で時間を弄んでないで「未だにどんな生活が続いてるのか、どんな想いを抱えた人がいるのか、街はどこまで復興しているのか」という事を3月11日に限らずもっともっと訴えかけてほしい。

 

人は真ん中からしか周りを見れない生き物だから。周りに行って視界を研ぎ澄ませることなんて出来なくて当たり前だから。

 

見える位置に6年前の事を、そこからの未来の話を置いてほしい。明日になったら、いま想ってる人だって1年後まで自分の真ん中から見えないところへ他な何かと入れ替えてしまうかもしれない。

 

「忘れないでいる事が大切」ってよく言うけど、きっと誰も忘れてはないと思うんです。何処にいたってあれほどの事実を忘れるはずはありません。だから忘れない事をもうひとつ、今日の日にちゃんと僕は付け加えたいと思います。

 

6年前の事だけじゃなくて、6年後の今の事を。

 

東日本大震災から3年。10代の生徒が初めて語ってくれた、過去と今と未来のこと。「SCHOOL OF LOCK! 未来新聞」